アスペルガー症候群傾向ありと診断された母と子の日々


by riemit
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さかさまになっちゃうの

クレア アレクサンダー / BL出版


ディスレクシアを題材にした絵本

ディスレクシアを題材にしたイギリスの絵本の邦訳。読字障害というより書字困難の話のようである。「さかさまになっちゃう」のはアルファベットだ。

作者紹介にこの本の原書が『ハンディキャップを持つこどもを描いた芸術作品に贈られる賞』を授賞したとあるから、ディスレクシアを題材にしているのは確かだ。詳しい内容はmore以下に載せるが、字がうまく書けない子が先生に教えてもらいながら一生懸命練習して書けるようになるというストーリー。書けないことを言い出す勇気を出すまでの劣等感による落ち込みが真っ黒な画面で表現されていて、直感的に良く分かる。練習を重ねてもスラスラとできるようになるわけではないことも書かれており、書字困難の重要な部分が完結に表現されているように思う。

ここで言う「じの れんしゅう」というのはアルファベット自体のことだろうか。綴りの誤りも問題になるのだろうが、綴り云々については描かれていない。

一般に英語はディスレクシアの出現しやすい言語だそうで、10人に1人ディスレクシアがいるため、周知され対策が進んでいるという。
日本のディスレクシア児が『対策が万全なので過ごしやすいと英語圏に移住する例』を品川裕香 著「怠けてなんかいない!」シリーズ等の体験談で読んだが、なんだか逆説的だなと思う次第。

しかしディスレクシアという障害を知らない日本人がこの絵本を読んだらどう思うだろう。障害児を描いているとは思わないだろうし、『字を書くのが苦手な子が練習してできるようになった、当然じゃない?それがなにか?子どもの気持ちが描かれている点は良いけどそのくらいかな』という程度の感想ではないだろうか。的を外した感想のように思う。

それにこの本は当事者の子どもに「分からないときは聞けば良いんだよ」「あきらめずに練習すればできるようになるよ」というメッセージを贈りたいのだろうが、保護者に対しては「訓練すればできるようになる」という誤った印象を与えないかと心配にもなる。
ディスレクシア向けの工夫をした訓練をしている様子は絵には描かれているものの文章中には書かれておらず、ただ繰り返し書かせても効果が薄いことをイギリスでは当然知られているだろうが、日本ではまだ学校や塾の先生ですら知らないことで誤解を受けそうだ。

文章通り「何度も、たくさん字を書く」だけではうまくいかない、知的障害はないのにどんなに毎日遅くまで訓練させたとしてもできるようにはならない、だから「障害」なのだという視点が、この本を読むには必要だと思った。

ちなみに次男に「書字困難疑い」という診断をくれた眼科医はむしろ、「漢字の練習回数を減らす。PC書字指導など代替手段を考慮する」とのアドバイスをくれた。書けないのに「練習回数を減らす」というのは矛盾しているようにも思えるだろうが、訓練しすぎて嫌になるのが一番良くない、ということなのだろう。ただ支援センターの方によると、代替手段の活用は医師によって積極的だったり消極的だったり、いろいろなようだ。

more 以下、あらすじ

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# by riemit | 2013-10-03 01:34 | 読んだ本
小3の次男が診断を受けた際の小児科N医師の態度があまりにも酷くて腹が立つことこの上ない。確かに奴は診断を受けるだけの根拠はある、かもしれない。が、適応障害はそれほど酷くないと思うし、一生を左右するかもしれない診断名を安易につけられるのは納得がいかない。というか、普段からあんなに雑に診断して即投薬しているんだろうか。

文部科学省のチェックシートを待合で待っている間に書かせ、さらには学校の担任にも書かせ、問診ではよそのチェックシートで幼少期の話を、それも医師が設問を読み私が答えるという非常に非効率な聞き取り調査、これらをもとにN医師は

「ADHD、自閉症スペクトラム障害」
と二行書いただけの診断書をくださいました。

さらには初診のときに製薬会社が発行したパンフレットをくれて、

N「ADHDなら投薬します」
N「ASDとADHDは症状がかぶるけれど、ADHDの薬を出してみて薬が効かなかったらASD」

支援が欲しいのはLD(書字困難)の部分なのでその診断は出ないのかと聞くと、

N「ADHDの特性は学習を阻害するから、それで学習自体ができていないのかもしれない。投薬してADHDの症状を緩和してみないと判断できない」

と、かなり投薬に積極的な様子。まるで製薬会社のまわし者のよう。
薬物療法には反対な旨を伝えると、

N「投薬しないことで子供の未来が閉ざされてしまうこともある」
N「こういう人たちは勉強ができないと将来困るよ。社会性がなくても仕事ができれば受け入れてもらえるから。仕事もできない、社会性もないではね。大変なのはわかるでしょう」

いくら学校の勉強ができても社会では潰しが効かない、良い例が目の前にいるんですが。そもそも今学校で教わっていることがどれだけ将来の役に立つんだろうと思わなくもない。漢字書けなくてもワープロ使えれば困らないと思うんだよね。今や医師でさえ手書きでカルテを書いていないというのに。

しかし、薬に関しては『厚生労働省に認可された薬がある』というのはこういうことなのか、と思わなくもない。つまりは症状が見られたら投薬した方がいい、投薬すべきと判断されるということだ。
四男が世話になった他の病院で発達外来をやっている先生も、LD診察してくれますか?と聞いたら「診るけど、LDは教育で解決するしかないから支援が提供できない。ADHDなら薬があるのだけれど」とおっしゃっていた。
おそらくは投薬の危険性をしっかりと把握している児童精神科の専門医でなければ安易に投薬されかねない現状なようだ。

私自身は投薬の危険性や黒い噂をニュースなどで聞いているし、そもそももっと症状の濃い兄が薬も特別な教育もなしで元気に暮らしている学校環境で、適応障害もそれほど酷いようには見えないのになぜ投薬しなければならないのか、全く納得ができない。

診断の根拠を訊ねても

N「学校の先生もこれとこれ、この設問は当てはまると書いているから」

とご丁寧にチェックシートの設問をいちいち読み上げてくれる。
この文部科学省のチェックシートは診断の根拠にして良いものなのだろうか。

担任教師の判断というのも気になる。
N「学校の先生が一番良く見ているから」
と言うけれど本当にそうだろうか。集団場面を、というのは分かるが、彼女はうちの学校に赴任して数ヶ月しか経っていないというのに。
まあ、うちは1クラス十数人の小規模校なのでいいが、40人学級で目立たないタイプの子は見過ごされるに違いない。
一番気になるのは担任教師は発達障害の専門家ではなく、重症例を見る機会があまりないということ。結果、健常児との比較になるため軽症の子でも重めに答えがちになるのではないだろうか。重症例を知っていればこそ、「この程度なら対したことはない」という判断ができるので、そこはやはり発達障害の専門家、支援センターの職員とか教育相談員とかが判定すべきだと思うのだ。

しかし「特に親しい友人がいない」という質問があったのだが、これは学級の人数で様相がだいぶ違うと思うのだが考慮されている気がしなかった。クラスの人数も訊かれなかったし。この質問Yesの場合、40人学級ならぽつんとひとりぼっちかもしれないが、15人以下の学級ではむしろ『なんとなくクラス全員と遊んでいるので、特に親しい子はいない』になる。次男は他の学年の子とも放課後に良く遊んでいるようで、だから社交的にも見えるのだが、一番良く遊んでいるのは兄で親友がいないというのはマイナスなのだろうか。ちなみに兄弟仲はとても良い。

長男は自閉症度数AQ40点(閾値は33点以上)取れる私に性格なんかがそっくりだけど、次男はAQ18点くらいの主人に似てるんですが、と言うと

N「兄やお母さんの方が重症で彼の方が軽症ということだろうけど、スペクトラムの端には入るということ。お母さんの影響がないとは言えないけれど」

スペクトラムの端の方は診断つけなくても良いとは思わないんだろうか。長男でさえ児童精神科のM医師に「診断名をつけるというよりは、発達の凹凸と考えれば大丈夫」と小3のとき言われたのに。

何故N医師を受診したかというと、次男は視覚機能に障害があって斜め線をうまく書くことができず、そのせいの書字困難もあるのだが、視覚を検査してくれた眼科の先生によると「視覚機能はヴィジョントレーニングで数カ月で改善するけれど、それで漢字が書けるようになるわけではない。最終的には書字困難の診断が出ると思う」とのことで、「この先生が一番早く診てくれそうだから」とN医師に紹介状を書いてくれたからである。電子カルテを覗き見ると紹介状には「書字困難の疑いがあるため」とあり、それでなんでこんな余計な診断をしてくれるんだろうと思わなくもない。

ちなみにN医師の勤務する病院では支援を提供していないため、

N「投薬しないのなら私にできることはありません。学校に手紙を書くので、お母さんと相談して対応して下さい」

とのこと。丸投げされた学校も困るのではないだろうか。

今後は発達障害者支援センターに相談して、どれだけ待たされても児童精神科のM医師に診察してもらおうと思う。


長男の診断を受けた時はASDなどほとんど知られていなかったし、他の小児科医だが、私の「本に書いてあることにすごく当てはまります」という主張に対し、「多動もひどい子はもっとすごいから。困ってからまた相談に来ればいいよ」とアドバイスし、こっそり「母が鬱だ」と(全然そんなことないのに!)診断されたものだが、時代も変わったものだ。
当時は「なぜ、こんなに症状が見られるのに診断してくれないのか」と憤ったのだが、今にしてみれば彼の方が態度として正しいようにも思える。

自閉度は確実に次男より高そうな長男だが、実は小3のときの担任に次の学年へ連絡する意味も込めて、例の文部科学省の発達障害チェックシートに記入をお願いしたことがあった。しかし担任の先生は
「書いてもいいですけど、あまり当てはまることがないように思えますよ」
と言ったのだった。

長男は感情表現が希薄で目立たないタイプだがそれにしても。

今回との結果の違いに困惑する私である。
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# by riemit | 2013-08-19 01:48 | 次男の話
 結果から言うと、終点の車内清掃で見つかって、お金も何もなくならずに帰ってきました。

名古屋駅の落し物係、ありがとうございます。足を向けて寝られません。

「現金書留で郵送します」というのでお願いしたら、段ボール箱にしっかり梱包されて送られて来ました。しかも、携帯とデジカメはカバンの中で個別にぷちぷちで包まれていました。すごい!

今まで財布や荷物を置き忘れたことは片手で足りないほどに(もしかしたら両手も)ありますが、金銭も含めなくなったことは1度しかありません。見つかる度に「渡る世間に鬼はなし」と思います。しかし、電車やバスの車内の時は見つかりやすいです。落し物の対処方法がしっかり決まっているせいでしょう。

 正月の挨拶をしに東京の実家へ行ったのですが、旦那が急な仕事で行けなくなり、私が子ども3人連れて行くことに・・・。

東京では普段見慣れない電車に三男が興奮し、ホームでは何度となく線路に突っ込みそうになり、常に腕を引っ張った状態。彼は見る電車、見るバスすべてに「乗んなきゃ!」、駅やバス亭に止まる度に「降りなきゃ!」と主張。果てには「ピンポン」を覚え、バス停を過ぎるごとに押したがり、静止するとわめく・・・。

上の子のときこんなだったっけか・・・?。

で、帰りの新幹線車内でもじっとしていられず、急いで追いかけたり席を移動したりしているときにショルダーバックを席に置き忘れたのでした。

「あんたは忘れやすいんだから、ショルダーバックは常に携帯しなさい!」
と厳命される。・・・はい、その通りでございます。

しかし、長男と次男のいた席にカバンを残したとき、「盗難」は頭をよぎったけど、「置き忘れ」は気付かなかったなあ・・・後者の方が余程頻度が高いにも関わらず。

ちなみに次男は「ママのカバンが置き忘れてるのには気付いてたけど、ママが行っちゃったから追いかけた」とのこと。その時言ってよ・・・。

静岡駅に着いて旦那を呼び出した後、携帯の位置をGPSで確認して電波を止め中身を簡易ロックしたり、キャッシュカードを電話して停止したり、「落としたときの対処法」が今回の経験でよく分かった。
それ以前に「落とすなよ」ってことなんだけど。

何だか「野望円舞曲」最終巻の「大事なのはリスク管理」という言葉が身にしみた一件でした。
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# by riemit | 2011-01-20 01:48 | わたしの話
 その日は旦那が「サンタな買い物に行ってくる」と言うので、次男も連れて行った。次男も保育園で「ポン抜き」を習った程度で囲碁のルールはよく知らないのだが、家では兄弟でたまに打っていた。

「ママとやる」と言ってサークルの部屋に入ったものの、「兄弟で打つ」ように指示されてまずカチン。

兄と九地盤で打ち始めたものの、あるところで石を囲んで取ろうと思っていたのに逆に石を取られてしまった(兄にすれば当然の防衛をしたのだが)のがどうも気に入らなかったらしく、その後先生が「ここがいいよ」と教えてくれても「イヤだ」と言うことを聞かない。

実は盤面は次男が勝っていたのだが石をたくさん取られた次男は「もう負けだ」とかんしゃくを起こし始め、盤をゆすぶって石をずらし「こんなことすると負けだ」と先生に怒られたりで、とうとう
「やめた!」
と勝負を放棄してしまった。

(このとき先生が「あーあ、やっぱりこうなっちゃう」の一言に、負けて怒ってやめてしまう子というのは多いのかなと思った。とすれば、先生の言うことを聞きつつ冷静に終局まで打ちきれる長男はその点で「素質がある」と言えるのかもしれない)

その後「ママとやる」と盤を碁笥を占領して、ふてくされつつ打ち始めたのだが、私がすぐに石をひとつ取って、保育園でのルールは「石をひとつ取るまで」なので、
「はい、取ったよ。もう一回やる?」
と一回終わりましたよ、あなたの負けです、と言ったのがさらにカチンときたらしく、
「もういい!」という感じで部屋を飛び出して行ってしまった。
(もうちょっと「取られそうだよ」とヒントを出したりした方が良かったのか、1つ取っても続けた方が良かったのか・・・。わざと負けるとか、対応がまずかったらしいのは後で後悔)

追いかけて部屋を出たものの、すぐに見当たらなかったので探すと、下の階のロビーで机の上の備え付けてある折り紙のコマを回している。
隣に腰掛けて、
「どうしたの、何怒ってるの?」(声かけの方法がまずかった気も)
と話しかけてもだんまりで、ついには建物の外に出て行ってしまった。

探して話しかけてもなかなか治まらない。
「勝ってたのに。最後まで打てば良かったんだよ」
「勝ってないよ!(怒)」
「コンビニにおやつ買いに行こうよ」
「行かない!」

この後、公民館の外周をぐるぐると周回し始め、終わった長男と正面玄関の前に座って待っていると、時々顔を見せてはまたぷいと行ってしまう状態。治まるまでと思って待っていてもずっとその状態である。さすがに放って行くわけにはいかないし・・・。

話しかけると逃げる。つかまえると暴れる。

旦那に「怒って建物の周りをぐるぐる回って逃げるんだけど、どうしたらいい?」とメールすると、
「知らないよ、自分で何とかしなよ」と返事が。

見捨てられたと思って「えー」と思いつつ、しょうがない何とかしよう、と重い腰をあげて話しかけ、暴れる次男を取り押さえていると、旦那が来てくれた!

パパが来たことに気付いた次男、「怒られる!」と思ったのか急に目が覚めたようになり、私をすがるように見て「行く、コンビニ行く」とビクビクしだす。

車から降りてきた旦那は開口一番、
「何だあのメールは(怒)。理由が書いてないからなんだか分からないじゃないか。一体何をそんなに怒らせたんだ!」
私「いや、何だかよく分からないんだけど・・・」と一応事情を説明する。
(私が「なんで怒っているのか分からない」のも原因の一端でないかと思ったりもするんだが)

で、まあ「囲碁打ってる間に怒っちゃイカン」「もう囲碁なんか打つな」とパパに怒られて一件落着。(私は「誰に『打つな』って言ってるの?と不安になるが黙っておく)

ちなみにこの後家で長男と九地盤を終局まで打ち、長男が整地して「優の勝ち!」と言ってた。整地できるのか、と感心する。


次男は囲碁を習うのはまだ早かったんだろうか。
ただ、この悔しさこそが上達の助けになるんだろう。
実は次男の方が強くなれるかもね。
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# by riemit | 2011-01-05 01:22 | 次男の話

囲碁を習い始める

 11月の初め頃のこと。近所の図書館併設の公民館で文化祭があった。将棋や囲碁のサークルの体験会があったので、学校でたまに将棋を指すらしい長男に「将棋教えてくれるみたいよ」と言うと「行く、行く!」

将棋のサークルはごく少人数で、見ていても上手の人にやりこめられている風でイマイチだったのだが、ついでに行った囲碁サークルではたまたま「よそで子どもに教えている」という先生が来ていてうまく遊んでくれ、とても楽しめたようだった。
ちなみに囲碁の方が人数も多く、その日は何かトーナメント戦かなにかが催されていたようでとても盛況だった。

この先生、私を呼びとめて

「筋がいい、一から習ったら強くなるに違いない」

と長男のことを褒めちぎってくれる。さすがにここまで褒められると気持ちがいい。そのくらい手放しで褒めてくれた。

長男は保育園で囲碁の基本の「ポン抜き」を習ったのと、後は1年生の夏休み暇つぶしにGBAの「ヒカルの碁」を対戦だけ多少やったことがある。ゲームをやるのを横から見ていたとき、「私より強いなあ」と感心したことがあったのだが、それってすごいことだったのだろうか。

「私はここには来れないけど、サークルの代表をしている人格者がいるから是非教えてもらって」

と代表の方を紹介してくれた。
本人も「やりたい」と言うので通い始めることに。といっても、「土曜の午後1時から5時の間の15~30分程度」という、「飽きない程度で」と負担も少ない。

もともと私自信はこのサークルで囲碁を教えてもらいたい気があったのだ。囲碁に興味を持ったのは「ヒカルの碁」のファンだったからだが、GBAで打っていてもさっぱり強くならないし、あとはボランティアで碁を打ちに行けたらなあ、という野望もあるからきちんと打てるようになりたいのだ。

という訳で、息子をダシにこれ幸いと通い始めたのだった。
余裕ができたら自分が平日に打ちに行こうとも思っている。

初日は「文化祭の日の人じゃない」と不満気味だった長男も、何回か通ううちに慣れてきたようで、「行きたい」と言うようになってきた。

ただ、行くには弟達の面倒を旦那に頼まなければならない。旦那は「お金を払っていないから趣味の範囲内で習い事ではない」という認識のようで、毎週通う義務はないだろうと、「今日はやめとけ」と気軽に言ってくれるので、残念ながら休みがちではある。
「教えてください」と頼んで、「この日に来ます」と約束しているのだから習い事だろうとおもうんだけどなあ。

ただ、囲碁の会の合間に時間を取ってくれるだけなので、休んでも迷惑にはならないだろう。
がっかりはするかもしれないけど。

というのも、会の爺さん達ときたら、

「この歳からやっていたら、中学になるころにはここにいる爺さん達は敵わなくなる」

というのは、まあそうかなと思わなくもないが、

やれ、「プロは何億稼いでいる」とか、「アジア大会で日本が銀メダルを取った」とか、

うちの子が若いからって、夢見すぎ!

・・・と思う。
こっちは、趣味で打てるようになれればいいな、くらいの気持ちなのだが、
「毎日一度は打つように」とか「勉強しないと強くなれないよ」とか・・・。

彼らは「強くなりたい」人たちなので無理もないと思うけど。今まで何人か子どもに教えたことがあるけど、続いた子はいないっていうのも、

無言のプレッシャーが重いせいなんじゃ・・・。

うちの子はプレッシャーとか感じないのでいいのかも。
ただ、堂々とあくびしたりするので、教えてもらう態度がなってない。挨拶と礼儀ぐらいはしつけなきゃなあ、と思う。やさしい高齢の先生だからゆるしてくれるけど。

とにかく、休みつつも続けていければいいなあと思う。
私が熱心だから続きそうだけど。
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# by riemit | 2011-01-05 00:33 | 長男の話
 旦那は技術職で普段は作業着で仕事をしているため、スーツを着るのは出張のときだけだ。最近出張が増えてきて、一張羅のネクタイがほつれてきたので

私「いい加減、新しいの買ったら?」と言うのだが、
旦那「どういうの買えばいいか分からない」

私もファッションセンスはないので、
「今までのと似たようなのでいいんじゃないの」
等と言うものの、なかなか旦那は買ってこなかった。

今日、とうとう縁側に吊るしてあったネクタイを見た義母が見かねたのか新しいネクタイを買ってきた。

旦那「あんまり使わないしそんなにお金かけてもさ」
義母「なに言ってるの、お客様商売じゃないの」

そうだよ、そこ(ネクタイ)お金かけるとこだろ!

で、買ってきた藤色のネクタイ。
・・・何か、その色はどうなんだろう・・・微妙。
多分、義母の印象では息子はもっと若いのだろう・・・と思う。

そもそも旦那がスーツを着ているときに出張先(東京)で良さげな店に入り、「このスーツにあうネクタイを」と頼めば店員が喜んで見繕ってくれただろうに。

お義母さんが買ってくれたものをないがしろにするわけにはいかないし。まあ、本人が良いんなら良いんじゃないのと思うけど。

いい歳してお母さんが選んだネクタイって、どうなのよ。


ドラマなら嫁姑騒動になりそうな話だ。
ていうか、出張先っていつも一緒よね?もしかしたら、いつも同じ服着てると思われてるかも。
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# by riemit | 2010-10-10 00:20 | 旦那の話

追記 次男の心理相談

「興味のあることには集中して力を発揮できるが、他の音や弟に気を取られていると言葉の指示が入らないところが気になる。大勢の中で言語指示されたときに、指示が入らなかったり、何をしていいか分からなかったりするかもしれない」とも言われた。

シングルタスクなのが心配ということ?それとも聴覚過敏のことだろうか。いまいち気になるポイントが分からなかった。

旦那に伝えると
「要は集中力があるってことだろう?そんなのどうしようもないじゃないか」

・・・それがどうしようもないことだとは分かるのに、なんで長男の忘れ物とか片付けができないとかはどうしようもないことじゃなくて、「だらしがない!」「記憶力は良いはずだろ!」になっちゃうんだろ。

だってさー。忘れるものは忘れるんだよ。

幼稚園の頃の記憶は写真や映像みたく覚えてても、あっこれやろうと思った用事は目的の場所に着いたときには忘れてるんだよ・・・。
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# by riemit | 2010-10-10 00:08 | 次男の話
 近所の保健センターの心理相談で次男を見てもらい、新版K式のテストをしてもらう。長男に初めて発達検査をしてくれたのと同じ先生。なかなか物の分かった方だ。今にして思えば、幸いにも長男は良い支援者に初めから当たることが多かったようだ。(長男は普段からとても引きが良い。10円ガムはしょっちゅう「あたり」だし、懸賞に応募すれば当選。ポケモンも偶然旦那が驚くような組み合わせを選んでいたりする。次男は「引きが悪いらしい」とさっき旦那が言っていた。)

結果、「全体的にゆっくりという印象。心配ならば専門機関でWISCを取ってもらって学校に提示して参考にしてもらうと良いのでは」とのこと。

兄と比べると、模倣もできるし、感情も出せるので、それほど積極的に「発達診断」を勧めるほどではないらしい。私の私見ともそう変わりはない。

旦那にそう伝えると、「考えすぎじゃね?」

・・・いや、でも向こうも専門家なんだし、簡単に専門機関(発達障害者支援センター)に行った方が良いと勧めたりするだろうか。

就学に当たって学校に説明するにしても、
「発達がゆっくりめなので丁寧に見て下さい」と言われてもイマイチだが、
「WISCでDQがいくつくらいで、こういう傾向があるのでお願いします」と伝えた方が分かりやすいだろう。

ただ、専門機関はどこも混んでいるらしい。

園長にも話してみた。
「年少さんのときは言葉も少なくて、少し心配してたんだけど」
そういうことは早めに教えておいて欲しかった。知ってたらこんなギリギリまで待たなかったのに。
年中以降はよくしゃべれるので気にならなくなったようだ。でも折り紙とかお絵かきとかてんで下手よ・・・。おゆうぎも。

保育園でできる発達検査もあるらしい。

ただ園長の「気になるところはなるべくなくして、学校に送り出してあげたい」の言葉にちょっと違和感。
なんかね。
配慮はして欲しいけど、変えて欲しいわけではないような。
でも、気になるってことは変えたいってことなのかな?
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# by riemit | 2010-10-02 01:44 | 次男の話
 長男が「夏休みの宿題の自由研究で何か賞状もらえるんだって」と、帰宅後1時間ぐらい過ぎてから思い出したように言った。

詳細はまだ分からない。「夏休みの課題について」のしおりの巻末に応募用紙があったが「たいしたものではないし」と未記入で提出したのだが、先生が書いて応募してくれたのだろうか。
他の学校の宿題はどうか知らないが、うちの学校は感想文、感想絵、工作、自由研究の中から1つだけやればいいので、3年生で自由研究を選択した人はあまりいなかったのかもしれない。

方法を考えたのは私だし、結構横から口を挟んでいたので「いいのか?」と思わなくもないが、大学の学生実験だって方法はテキストに書いてあってそれに従って実験をするだけなのだし、卒業研究にいたっても担当の先生が方法や内容を指示するのだから、小学校3年生が自分で方法を考える必要もないような気がする。
それはまあ「自由」研究ではないからなのであって、逆に「自由研究」ができるのは小学生の特権なのかもしれない。

大学で化学を専攻した私が監督するということは、理科の先生が横についているようなものだから、少しずるい気がしなくもない。

和のレポートは内容は面白いものの、字は下手だし「もう少しこうすればパリっとするのに」という未完成感のあるものだったが、それが逆に「自分でやった」ように見えたのかもしれない。

自由研究は手間がかかる。
実際実験に数日、レポートに至っては本人字を書くのも文章を書くのも苦手で嫌がるのを、1週間以上かけて「1日1ページでいいから!」と尻をたたきつつ、今日は写真を貼るだけ、今日はここの表を書くだけ、と少しずつ時間をかけて完成させた。

ではあるが、自然科学系の自由研究はASD向けであると思う。
何せ、レポートは主に事実を書き記すだけで分かりやすいことこの上ない。読書感想文の方がよほど曖昧模糊として分かりづらいと思うのだ。

科学系の論文の書き方は小学生でも大学生でも基本は同じ。覚えておけば将来の役に立つ。旦那の話では仕事にも活用できるスキルだということである。

さらに理科好きに育てられれば、将来の進路選択に、学校でも仕事でも、幅広い選択が可能になるのである。

これで賞状などもらって褒められたとなれば、本当にお得な宿題だと、そう思うのだ。

「読書感想文の書き方」を指導するより、実験教室を開いてレポートを書かせる方が実際的な支援ではないかという気がする。
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# by riemit | 2010-09-20 00:48 | 長男の話

イヤホン

 最近和はDSをイヤホンでやりたがる。どうして?と聞くと

「イヤホンだと(ゲームの)聞こえない音も聞こえるから。音が違って聞こえるんだよ」

まあ、それはいいとして。ゲーム中じゃなくてもなんでしてるの?耳栓でしょ?と聞くと

「耳栓してると力が抜けるからいい」

何それ。

「いいから、いいの!」

聴覚過敏があるのかなあと思った。

私自身も自分に聴覚過敏は「あるかも」だが、子どもの頃から聞こえ方は一緒なので不便には感じない。金属音と子どもの金切り声が苦手なだけである。いつだか体調が悪かった日は耳の奥で自分の鼓動が聞こえたこともあった。

イヤマフとか。ノイズキャンセルヘッドホンとか。
実はあるといいのかもしれない。
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# by riemit | 2010-09-15 01:39 | 長男の話